鍛冶屋日記

年: 2017年

46。もう10年やって来たってことか。魂に消費期限はないけど、今までの感じでやれる時間はそんなに残されてない気がします。
それでもやっぱり「隠し事なんか1つもなくて間違った事は全部口にして 感じた事は全部歌にして」(フラワーカンパニーズ『人生GOES ON』より)生きたいと思います。

ずいぶん時間が経ってしまいましたが、先月末の東京遠征の土産話がもう一つあるので今更ながら書きます。

物語の始まりは10月に流れて来たこんなFAX。

寸法と形指定のオーダーでした。
完成してお送りしたのが11月16日。

数日後、21日やったかなぁ、そのお客様からお手紙が届きました。

「旧芝離宮恩賜庭園ではただいま雪吊りの作業に入っております。東京にお出かけの際はぜひお立ち寄りください。」
庭園のパンフレットと入場チケットとともに。ここの管理をされてる庭師さんながやね。

すごいタイミング。その週末が東京遠征。
「うわ!ちょうど東京行くやん。見に行こう。」

で、25日に東京へ行き、自由が丘で販売。

その場所に気になるお客さまがいました。うちの品を見るお客様のほとんどは包丁を見てくれます。普通は包丁から。使う人、必要としている人が多いのはやっぱり包丁。
そんな中、鋏をじっくり見てくれる方が。
じっくり見て植木鋏を手に持ってくれたり。

声をかけました。
「庭師さんですか?」
「はい。この前鋏を送っていただいた〇〇です。」

あ、チケットの人!
うれしいよねぇ。

「明日、庭園を見に行きます!」
「受付で声掛けてくれたらご案内しますよ。」って。

鋏買ってくれて、庭園のチケット送ってくれて、さらに販売する自由が丘まで来てくれました。東京でうちの鋏を使ってくれてる方に会えました。
「すごいタイミング!」って思ったお手紙でしたが、こちらの東京遠征もリサーチの上チケットを送ってくれた模様。本当にありがとうございます。

で、翌月曜日、旧芝離宮恩賜庭園へ。

言われた通り受付でお名前を言うと出て来てくれて庭園を一周ご案内いただきました。
管理する方のご案内付きの贅沢庭園見学。


あ、東京タワー。

高層ビルが立ち並び電車や新幹線がすぐそばを走り抜ける場所にある庭園。江戸時代4代将軍家綱さんの時代が起源の庭園。いい場所でした。こういう場所をいいと思えるくらいに年齢は重ねて来たね。

一周のご案内が終わる頃、また別の管理されてる方が現れました。

「△△です。」

あ!この方もうちのお客さま。ご挨拶。

東京浜松町駅降りてすぐの旧芝離宮恩賜庭園にはうちの鋏を使ってくれている庭師さんが2人います。

ホームページから通販で買ってくれたお客様2人にお会い出来ました。同じ場所で。
少し3人でお話して鋏のご感想も聞けました。

ありがたいことに日本のあちこちからご注文いただいてあちこちにお送りしてきてますが、出張先でそのお客さまに会える。しかもご招待いただいて、うちの鋏が管理に使われている歴史ある庭園で。なかなかすごい経験でした。

うれしかったです。
またしっかり作りたいと思います。

もみあげを英語でサイドバーンズ(Sideburns)と言います。大学時代に知りました。

23日の祝日に地元のイベント『Kamiフェスティバル』があってそのために一生懸命商品を作ったり、イベント当日は実行委員長としてラジオでイベント内容の告知をして「なかなかしゃべれるね、俺。」って悦に入ったり、その翌日は地元伊野商業高校に出向いて高校生の前で仕事や町の活性化についてお話して「人に話して伝えるってちょー難しい。」って実感したり。
怒涛の月末を走って来ました。

その締めくくりに25日から東京へ出張販売。自由が丘での仁淀川物産展。
2年連続2度目の『読書空間みかも』

初日は会場を管理されてる方が1つ買ってくれただけの売上。「んー、この売上じゃあ来年来るのは厳しいかも。」って思ってましたが、2日目はなんやかやぼちぼち売れました。良かったです。もちろん経費をペイ出来るか考えるとそれは厳しいけれど、東京へ戦いに来る意義。あるがよね。

今年は特にすごいことが起こりました。

遡ること今年の5月。大学の同級生が松山から仕事で高知に来て「暇なら飲みに行こうぜ。」って連絡もらってめちゃくちゃ久しぶりに会う。その時に大学時代に遊んでたみんなのLINEグループに入れてもらう。大学時代の麻雀コミュニティ。ほぼほぼ後輩。メンツの男の子たちと、その友達の女の子たち。卒業後2000年には高松で会ったので(大学は高松でした)17年振りの繋がり。懐かしい。

その後8月に高松で販売する機会があったのでLINEに投げたら女の子が1人会いに来てくれて、鋏を買ってくれる。
もう1人東京の女の子が鋏の注文をくれて送る。この子が自由が丘でお菓子屋さんをしていることを知る。

「去年自由が丘へ売りに行ったよー。」
「どこで?」
「読書空間みかもってとこ。」
「え!歩いて3分よー。」
「今年も行くき連絡するね。」

で、最終日会いに来てくれて再会。変わってない。包丁を買ってくれる。

ドットとストライプを見て
「katakana(カタカナ)さんとかで売ったらいいのに。」

katakanaさんはfacebookで見て「素敵なお店や。見に行ってみよう。」と思っていたお店。
こんなとこ↓
http://katakana-net.com/
『日本のカッコイイを集めたお土産屋さん』

「こういうとこに並んだら最高やね」ってお店です。

「お知り合い?」
「うん。お店の斜め向かいやもん。」
「うわー、紹介しちょいてー。」
「わかった!」
名刺とチラシを渡してお別れする。

実現したらいいなー、って思ってたら
「連れて来ちゃった。」って代表の方を連れて再び来てくれる。商品も見てもらえてカタカナさんが言ってくれました。

「帰りにお店に寄れますか?」
「はい!気になってたのでもともと行くつもりでした!」

で、物産展終了。katakanaさんに立ち寄る。

「ここにイベントスペースがあるので売りに来ませんか?」
「おー、是非!日程決めましょう!」

行くこと決定。行く日も決定。
来年3月30日(金)31(土)4月1日(日)の3日間。
ここはスペースもあるので砥石も持って行きます。
昨日の様子。鳥取のお野菜が売られてました。素敵でしょ。

高知の鍛冶屋が自由が丘で包丁を研ぐ。
しかもfacebookで眺めて気になっていた『日本のカッコイイを集めたお土産屋さん』のガレージで。

ここまでうまくいくもんかね。

ペーパーラボさんに誘われて自由が丘に売りに来たこと。春に大学時代の友達に誘われて飲みに行ったこと。東京に行くことをLINEグループでお知らせしたこと。

どこかひとつ、自分で止めてたら生まれてない今の状況。

それから自由が丘でお菓子屋さんを経営している女の子が大学の後輩であること。これが実は一番すごいがやけど。


『BROOM’S』
自由が丘だけじゃなくこの度表参道にもお店が出来るらしい。表参道って何かよくわからんけど、すごい場所に進出しようとしていることは僕にもわかる。
そんな世界にかすかに引っかかることが出来た今回の旅。

本当に思います。
「すごいことが起こるねぇ。」

3月が楽しみです。

あ、東京に行く機会あれば自由が丘の『BROOM’S』是非お立ち寄りください。
素敵でかわいいお菓子屋さんです。

やっぱり熱いね、日本シリーズ。勝手に桑原さんに思い入れしてベイスターズを応援してます。

2年前に受け入れた研修生の研修期間が終わりました。2年なんてあっという間です。
始まった時の記事→『研修生受け入れ

2年間真面目に学び働いてくれました。後継者育成の補助金を出してくれた土佐刃物の組合から出された卒業の課題(包丁の割込み鍛造)もクリア。とりあえず2年間で刃物を作ることは出来るようになりました。
もちろん他の工程や研ぎ直しや柄付けなんかも任せられるところはたくさんあって。

だけど、研修期間終了でいったん鍛冶屋を離れることになりました。

上にリンクを貼った2年前の記事を読むと恥ずかしい限りです。こんな偉そうなこと書いたのにこの結果。反省。

ま、これで彼の鍛冶屋人生が終わるわけでもなく、2年間の積み重ねが消えて無くなるわけでもないので、彼の未来に期待です。

それからここには書いてなかったけど、今年の4月から2人目の研修生を受け入れてます。鍛冶屋になりたい46歳女性。福岡から移住。なかなか特殊でしょ。
今回の経験も踏まえてこの弟子をしっかり鍛冶屋に育てんと。頑張ります。

とりあえず、俄然戦力になってきていた弟子に頼ってた仕事がかなりの部分あるのでそれをうまく調整せんといかん。僕は1人戦力が減ったからってペースを変えられないタイプなのであんまり影響はないけれど、親父さんはその分まであっさり背負うタイプなのは間違いない。そこをしっかりセーブさせんとしんどいきね、75歳。

どっかから鍛冶屋志望の若者現れんかなぁ。
出来ればどこかで2年くらい修行した即戦力。

あわてずゆっくり待つことにします。

3日前にある活動に区切りをつけました。
ずっと考え続けてきたことをようやくようやく決断出来てみんなの前で発表出来ました。区切りをつけて新たなスタート。また違う場所へ進んで行こうと思います。

もう終わってから2週間になろうとしてますが今年の『刃物まつり』を振り返ります。

今年は「いの町」を背負って刃物の町・土佐山田に乗り込みました。
いの町のいろんな風景と仁淀ブルーのタペストリーを観光協会から借りてブースに飾る。良かったです。目立ったと思います。

このタペストリーを初めて借りて売りに行ったのが7月の海遊館。その時に高知県さんが作ってくれた「高知家」のロゴ入りの笹岡鋏製作所の看板も刃物まつりに持ち込みました。気付いてくれたかなぁ。

お向かいに出店していた刃物屋さんの奥さまに言われました。
「いい垂れ幕と看板を作ったねぇ。」
借り物と無償貸与です。誉められた。

昨年の売上の実績や一年間の成長を駆使して準備した品揃えとともに、一年間の間に経験した売り方や見せ方も取り込んでの刃物まつりでの販売。

過去のブログを振り返ってみても、刃物まつりはそれぞれ新しい取り組みの発表の場になっていたような気がします。

・自分で砥いで仕上げた包丁をはじっこにこっそり並べた年
・他のお店と違うように見せたくて敷布を新しくした年
・砥石と桶を持ち込んで砥ぐ姿を見せるようになった年
・まな板とトマトとキュウリで試し切りを始めた年
・デザインされた柄の包丁を並べた年
・取り上げてもらった雑誌をコピーして飾った年

こうやっていろんな方法を取り入れてきたけれど、辞めてしまったものはない。全部積み重ねることが出来てます。今年は「K+」の記事も飾る。

土日ともに雨の影響があって少しお客さんも少なかったけど、まずまずの売上でした。
売れる売れんに関してあんまり不安はなくなりました。刃物屋さんがズラッと並んだ中でもはさみ屋の品を選んでもらえる感触。そういう層のお客様に気づいてもらえてる気がします。
買ってはもらえなかったけどあるお客様に言われました。
「全部見て回ったけどここはなんか違う感じがするね。」

それでOKです。

高校の同級生が4人遊びに来てくれて、そのうちの3人が包丁の研ぎ直しを頼んでくれました。またそのうち2人がその日のうちにメッセージをくれて
「切れ味サイコー!ありがとう!」
「包丁、むっちゃ切れるようになったー!って妻が喜んでます!」

うれしいね。
他にも研ぎ直しをご依頼いただいたお客様やお買い上げのお客様がお家に帰って同じように喜んでくれてたらいいなぁ、と思いました。
また来年、何か新しい商品や新たな工夫が加えられるように一年頑張ります。

さっそくリスタートの今後の予定。
・10月30日(月)
『トラベルガールズフェスタ2017』
シティプラザ大阪にて(今年2度目の大阪遠征)

・11月5日(日)
『おかみさん市』
帯屋町にて(いつものやつね)

・11月12日(日)
『日高メシふぇすてぃばる!』
日高村 小村神社にて(日高村に初進出)

・11月23日(木・祝)
『Kami祭(フェスティバル)』
いの町商店街にて(ホームです)

・11月25日(土)26日(日)
『仁淀川物産展』
東京 自由が丘『読書空間みかも』にて
(2年連続2回目の出場)

ここから1ヶ月、忙しそうやね。
楽しみます!

凱旋門賞。なかなかのがっくり加減でした。あそこで2着ってエルコンドルパサーとかオルフェーブルはどれだけすごかったかってあらためて認識させられるね。それでもまた応援します。

先日、フリーペーパーの『K+(ケープラス)』さんにはさみ屋を掲載していただきました。

webでも読めます。
http://www.tosasearch.com/kplus/toku/

ありがたいことにここ数年の間に次から次へといろんなメディアに取り上げてもらってきました。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などなど。

その度いろんな反応があったのだけれど、『K+』はちょっとすごい。
配布初日から反響続々。四万十市や宿毛市まで鋏を発送したり、「前を通って気になっちょったけどあれ見て寄ってみました。」ってご来店いただいて買ってくれたり。こんなに花鋏が売れた3日間はないね。花鋏需要を掘り起こしてくれてます。
他にも「場所教えて。今度行くわ。」ってお電話も4、5件あって。

今までも「新聞見たよー。」とか「プロフェッショナル出ちょったねぇ。」とか言われたことはあるけれど(プロフェッショナルには出てません。NHKに出してもらっただけです。)、こんなに即効性のあるのは初めて。
包丁よりライバルが少ない鋏に特化した紹介が良かったのか、ズラッと並んだ鋏の写真が見る人の心を掴んだのかわかりませんが、なかなかの手応えです。

「やっぱりプロの書く文章はすごいですね。内容は笹岡さんに聞いたことあることばっかりやけどすごく素敵な文章になってましたもんね。」

これある人からの感想ながやけど本当にそう思います。普通に過ごして来た45年や鍛冶屋になっての20年が素敵でカッコいい親子物語に昇華してます。

K+さん、見つけてくれて本当にありがとうございます。

鋏については本当に昔から作り続けてきたものであって、新しい取り組みでもなんでもないのだけれど、やっぱり発信の仕方や紹介のされ方でこれだけの反応を得られるがやなぁ、と思いました。
つまり、何の仕事でも可能性はいっぱいあります。
だから、見つけてもらえるように、それはメディアに限らず、まだ気づいてもらってないお客さまにも見つけてもらえるように、しっかりやろうぜ、と思いました。

ね、やろうぜー。

9月30日(土)は仁淀川の波川公園にて『神楽と鮎と酒に酔う』開催です。まぼろしの七色餅売ります。秋の夜、気持ちいい河原へ飲みに来てください。

はい、告知完了!

先週末、若者たちと飲みました。ただの若者たちではなくて土佐の刃物業界の若者たち。
鍛冶職人7人と鍛冶屋志望者1人と刃物を扱う問屋さん2人。土佐打刃物の未来を作る職人たち。

楽しかったー。

伝統の現在』この文章を書いた時に反応をくれた方々と「集まって飲もうぜー。」って集まったのが6月の終わり。この時は4人の飲み会でした。

「もっかいやろうぜー。周りの熱いやつらにも声かけようぜー。」で実現。10人に膨れ上がる。

こんな機会、真面目に仕事の話を同業の若い子たちとする機会なんてほとんどなかったので、しゃべり過ぎ、伝え過ぎ、求め過ぎ、だったと思います。
「こーしてきた。こーしたらいい。これやろうやー。」

それでもみんなきちんと聞いてくれてありがたい限りです。僕の話によってではなくても、こうやってみんなで集まって焼きとり屋さんで飲んだことが一歩踏み出すきっかけになればいいなぁ、と思います。踏み出すまでいかなくても考えるきっかけにはなるよね。

この場所にいること。これが一番大事なことだと思います。
コトが始まる時(ただの飲み会やけど)に誘ってもらえる存在であること。それを断らないこと。なにが起こるかわからんけど行ってみる。たいせつ。

20代や30代の若い子たちが時代遅れの(本当は一周回って最先端ながやけどね)鍛冶屋という仕事でどう生きていくか。それを一緒に考えられる場が出来た。大切にしたい場所です。

そこに最年長の45歳として参加出来たことはとってもうれしいです。最近はどこに顔を出しても最年長になってきました。それはだいたいいつも「この歳でここにいられる喜び」です。

「あの人は頭がカタイき仲間に入れんとこうぜー。」って言われないようにしっかり走っていきたいと思います。

地元いの町では異業種の若い職人さんたちと一緒に動いてます。刃物業界の若い職人さんも一緒やなぁ、と思いました。町のクリーニング屋さんや散髪屋さんが集まって飲んで話していろんなきっかけとかヒントを捕まえてどんどん進む姿、伸びる姿。そんな場所があるかないか、そこにいるかいないか。それだけです。

鍛冶屋業界にもようやく出来たそんな場所、みんなでしっかり育てて行きたいと思います。

付き合いもしがらみもある業界のど真ん中で生きる若い職人さんたちと、業界から少し離れた所で自由に勝手にやってきたはさみ屋が一緒に飲んで一緒に動くことへの期待感。

一年経ったらきっとみんなの中で(もちろん自分も含めて)何かが変わっちゅうと思います。そのためにもう一回走らんとね。(隠しちょったけどちょっと止まりかけておりました。)

最年長、頑張ります!
うん、いい写真。

長男涼太くん、就職内定もらったそうです。専門学校の2年間なんてあっという間やね。この前までサッカーしよったのに。おめでとう。

最近は夏のお休みを利用して県外からのお客様が来てくれます。
岡山から親子で数年振り2度目のご来店のご家族は鋏を2丁買ってくれました。大きく立派になられた息子さんに時の流れの早さを感じます。その後ご家族は四国カルストへ向かわれました。高知を楽しんでくれたことでしょう。

3日前は兵庫から生け花の先生が来てくれました。女性お二人でご来店。
「こちらの鋏をひとつ買って使わせてもらって気に入ってます。形や大きさを指定してのオーダーメイドは出来ますか?」

「ありがとうございます!出来る限りご要望に合わせて作りますよー。」

お弟子さんが使う用の鋏をうちで頼んでくれるというありがたいお話。サイズや仕様ごとのお値段をお伝えして後日ご注文いただけそうです。小さな小刀も見本的にひとつ作ることになりました。

だいたいお話も終わって帰り際、
「あ、このあたりで地元のお酒が買える蔵元さんか酒屋さんはありませんか?」

お酒が好きなのか、お酒好きな方へのお土産か。

「ありますよー!」

この地図を駆使して一生懸命紹介しました。

大国屋酒店』さん
いの町で一緒に頑張る仲間です。大国さまのお膝元にある町の酒屋さん。知識はあるしやる気も想いもある酒屋さん。県外からのこだわりありそうなお客様にも自信を持って紹介出来ます。
「行ってくれたらいいなぁ」と思っていたら数時間後、大国屋さんから連絡が。

「さきほど神戸からの女性2人組がご来店。高知の美味しい地酒を買ってくれました。紹介ありがとう。」

良かったー!
なんやろね、この達成感。
自分とこの品が売れるよりうれしいかもしれん。いや、絶対うれしい。

他の仲間の商品や仕事ももっともっと紹介したり繋げたり出来たらいいと思って日々生きてますが、なかなか今回みたいなチャンスは巡って来んがよね。お客様の方から求めてくれるようなビッグチャンス。
それでもそういう機会は探し続けよう、逃さないようにしよう、って思える出来事でした。

それから我が身を振り返って「誰かに自信を持って紹介してもらえるお店、商品、職人でおらんといかんなぁ。」とも思いました。

「あ、〇〇欲しいがや。あー、知り合いに作りゆう人おるけどあの人紹介出来んなー。」みたいなこともきっとある。

そうならないようにがんばります。

いつかのミーティングで若いクリーニング屋さんが言いました。

「みんながしっかり仕事してお客様にきちんと対応してれば、絶対町に人は来ますよ。」

商店街活性化なんてそんなもんかもね。
そのためにやれること。みんなやりゆう気がします。だから大丈夫。

是非いの町へ。
お待ちしてます!

暑い暑い。
でも、流れは変わりつつあると思います。

行って来ました。海遊館。
厳しい戦いを予想して覚悟して挑んだのだけれど、予想外。
めちゃくちゃ買ってもらえました。

土日の2日で97,000円なり。包丁14丁とナイフがひとつ。びっくりです。

若いカップルとか母娘のお二人様とか中国人であろうご家族連れとかフランス人彼氏とベルギー人彼女のカップルとか。あとは海遊館の職員さんも。
いろんな国のいろんな世代の方々に選んでもらえました。

やっぱり印象としてはインバウンド恐るべしです。海遊館に限らず街でもホテルでも外国人さんいっぱいでした。
観光施設は本当にインバウンドだらけで地元の人が行く場所じゃなくなったようです。県外とか国外からの観光客なのでお財布にも余裕があったのかなぁ。などと分析。
それより何より海遊館を訪れる人の数、はさみ屋の出店ブースが目に入る場所を通る人の数、これが圧倒的ながやろうね。

それでまた次回うまく行くとは限らんけど、次があればまた参加したいと思います。
他の仲間も一緒に行けたらいいなぁ。

それから売上以外のとこから考えると、大きかったのはやっぱり横の繋がり。

東部観光協議会の方、東洋町の地域おこし協力隊の方、四万十町のイベント屋さん。主にここに集う人達。煙によってもたらされる出会い。

他にも東洋町のポンカン屋さんや室戸のイルカ屋さん、幡多の宗田節屋さん、などなど。
なかなか出会えない人達と一晩飲んで二日働く。

あらためて、県内にはいっぱい良いとこ良い品あります。
いのの鍛冶屋も覚えてもらえたことでしょう。

やっぱり行って良かったです。
またこういうチャンスがもらえますように。
そして逃さずつかめますように。

売れた分作ります!

ちょっと思惑と違うことがいくつか続いて調子が良くないので、流れを変えに大阪へ行って来ます。

いの町観光協会さんから電話にてお誘い。
仁淀ブルー観光協議会さんから『大阪の海遊館へ売りに行きませんか?』ってお話があるんですけどいかがですかー?」

高知フェア的な観光PRイベントに物販もくっつけてくれるらしい。

ちょっと保留して考えました。
場所は海遊館のチケット売り場近く。人出はすごいだろうなぁ。けれど、お客さんの層はおそらく小さなお子様連れがメイン。あとは若い2人のデートの場所か。厳しい戦いが予想されます。

こういうイベント遠征を依頼された時の反射的な質問。
ペーパーラボさんは行かんが?」
岡山も東京も一緒に行くいの町の紙屋さん。乗り合わせて行けば交通費半分。さびしくもないし。
「ラボさんは行けんみたいです。利休さんが行く予定です。」
利休さんは今年『高知家のうまいもの大賞』を受賞した『けずり芋』を生み出した飲食店さん。

利休さん行くなら行こうかな。向こうで退屈することもないし。利休さんは現地で調理するための機材が多いろうき乗り合わせは無理やけど。

「行ってみる。」
いの町観光協会にそう伝えて数日後、本元の仁淀ブルー観光協議会さんから電話。
詳しい日程・スケジュール・条件その他の説明を受ける。

その中で残念なお知らせ。
「利休さんは行かないことになりました。仁淀川流域の市町村から行くのは笹岡さんだけです。」

飲食を生業とする利休さんにとって 大阪の保健所の縛りがややこし過ぎたようで。飲食店さんにとってはそんなところも県外遠征の妨げになるがやね。

想像してなかったけど一人ぼっちになりました。

行くって一回言ったものを取り下げるはずもなく。一人ぼっちの大阪遠征が決まりました。

7月8日(土)9日(日)の2日間。
大阪の海遊館にて仁淀ブルーとともに出店です。

いつもよりさびしく厳しい戦いが予想されますが、いの町観光協会さんが救いの手を差し出してくれたので、やれるだけやって来ます。ありがたい救いの手。

行ってみる、やってみる、は得意です。
行ってみんとわからんこといっぱいあるし。
どんな戦いでも戦ったその先にえいことがある気がします。

それでは大阪のみなさま、7月8日・9日よろしくお願いします!

あ、その前に今週日曜日7月2日(日)は帯屋町でおかみさん市。
20連勤確定。乗り切ります。

伝統工芸の危機的状況に思うこと。
あっちもこっちも。
ずっと思ってきたことだけれど、ここ1ヶ月くらいで次から次へといろんな側面から考えさせられることがあったのであらためて書くことにしました。

はさみ屋は今、研修生を受け入れています。4月に1人増えて2人の鍛冶屋志望者とともに働いてます。後継者育成。

伝統工芸としての産地を維持するために、また後継者を作っていくためにに何が必要か。単純なことです。稼げる仕事にする。これしかないと思います。

後継者育成のための補助金をもらってます。研修制度がある、そのための補助金がある。たしかに受け入れる側、飛び込む側にはありがたいこと。充分利用させてもらってます。でも、根本はそんなことじゃない。

それから売れなくなった伝統工芸品を今以上に売って行くために「技術の革新・研鑽」大事なこと。
けどね、技術はあるがよ。鍛冶屋さんも紙漉きさんも。持っている技術を目一杯発揮する機会をもらえてないだけです。何百年やってきたものの上に出来上がった伝統工芸。誰彼真似出来んし、3年や5年で全部身につく技じゃない。僕だって20年やってきたけど全然足りません。

そんな技術を身につけた職人さんがたくさんいて、なのに後が生まれて来ない。なぜか。稼げないから。もう少し丁寧に言うと技術と時間と労力の割に稼げてない。

つまり業界が一番に考えるべきことはその技術をどうやって高く売っていくか。
今の流通のシステムにおいてこれが出来てない。
問屋のみなさんお世話になっております。
それでもやっぱり見ていて思います。

この流通のシステムが産地を潰していきゆう気がします。産地を支えて来たシステムが今は潰してしまいそうになってます。
安い値段で朝から晩まで流れ作業のように作り続けた結果、後継者が生まれない今です。

40代の鍛冶屋さんが言いました。
「親父が付けた値段が安いがよー。」
その年齢なら親方と相談すべきです。
「その値段じゃやれん。もう少し上げよう。」
それでも聞き入れてもらえないなら親父さんに内緒で合う値段を付けて売ったらいいと僕は思います。その辺の采配はふるって良い年齢です。でも、出来てない。これは鍛冶屋個人の問題。でも、たぶんどこも似たり寄ったり。

買う側の問屋さんは言ってくれます。
「しっかり手間に合う値段付けてください。」
でも、値上げしたら安く作るライバルに注文を奪われた過去のトラウマ、自分は経験なくても聞こえてくる業界のよくある話。作り手が減って辞めた鍛冶屋さんの分の注文が残ってるところに集中して忙しくなっている売り手市場になっても(現状はそうらしい)、問屋さんの縛りから抜け出せない職人たち。抜け出そうやー。

刃だけ作って柄付けや箱入れは問屋さん任せの状態。素晴らしく切れる刃物が作れても柄が付いてなかったらお客さんに届けれんよね。問屋さん依存。卸の仕事を切る訳ではありません。並行してやればいい。柄を付けて箱に入れて、小さくてもかまんき販売ルートを自分で作らんと。
これ、「やりがい」が生まれるで。いいもん作ろうって絶対思うで。

お客さんに届ける形にまで出来て初めて品質の向上を目指したり、自社の自分のブランディングの必要性を感じたりするがやと思います。
まじで、農業の6次産業化、見習おうよ。
各伝統産業に従事する職人さん。
危機感ないかなぁ。現状に満足やろか。あきらめじゃないよね。
この部分が今のままで後継者生まれて来るかなぁ。
以上は職人さんへの提言。

これから業界団体とか問屋さんに考えて欲しいこと。
同じです。今の職人さんたちの技術をどうやって高く売っていくか。職人さんたちに技術はあるのです。

そのために職人にスポットライトを当てる。その人が作ったことをしっかり見せる。その分責任も持たせる。
職人に対して「もっと良いもの出来ん?。」「もっと丁寧に仕上げてや。」求めていい。厳しい目を持って厳しい要求をして。それに応える品は高く買い、高く売る。

安く仕入れる努力じゃなくて高く売るための努力。

手間をかけても手を抜いても同じ形なら同じ値段。あの人の品とこの人の品、同じ寸法なら技術関係なく同じ値段。良いもの生まれて来んよねぇ。
中身はどうあれ、大量に必要だった時代はそれでよかった。じゃないと間に合わんかったと思います。

時代は変わってますよー。

しっかり仕事をする、丁寧な仕事をする、そうすれば同世代の人たちに遜色ない収入を得られる。週休2日で、祝日も休んで、夏期休暇なんかもあったりして。なんなら職人の方が休みが多くなったりして。
それが実現出来たら後継者は自然に出来てくると思います。

つまりは単価アップです。

たくさんの仕事があってもたくさんの労働時間を費やさないとそこそこの収入が得られない、そんな状況はブラックです。自営業はだいたいブラックやけど。

業界がやるべきことは土佐の刃物全体のブランド化。ロゴ作ってステッカー貼り付けるより前のブランド化。単価を上げるための戦略。今治タオルとか見たらいいと思うけどなぁ。違う業界見たらお手本いっぱいあるでね。

職人は歳を取って引退したり廃業したりで終わり。やらんでよくなったから辞める。
でも作り手が減って消えていって困るのは問屋さんやと思うけどなぁ。動くべき時やと。

はさみ屋の場合は僕が入った20年くらい前から問屋さんからの注文がどんどん減って、仕方なく今のやり方に移行して来ました。今のやり方って言うのは上に書いたようなこと。
どうやって直販のルートを増やすか。(これだけで1つ売れた時の利益率は上がります。つまりは単価アップ。より手間もかけられるしね。)
どうやって自分をブランディングしていくか。直接売るには見つけてもらわんと、見つけてもらってその上で選んでもらわんといかんきね。

この10年ずっとそればっかりやり続けて来た結果、前途洋々。明るい方が未来です。そして今では後継者育成の事業に手を上げることが出来る状態を作れてます。2人受け入れ中。鍛冶屋さんを生み出せたらいいなぁ。

ちょっと古くさい考えにイライラしたり、どうして見えんがやろってがっかりしたりすることが続いたので思いっきり書いてみました。

これで何か変わる訳じゃないし、業界のシステムをぶっ壊せるとも思ってないけど、うちの研修生には業界のシステムの枠の外で生きて行く力も身につけて欲しいと思ってます。それはずっと伝え続けてます。
そういう職人を育てんと絶対終わる。

だから、どっか別の場所でもそういう職人さんとか問屋さんとか小売屋さんが生まれたらいいなぁ。

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