鍛冶屋日記

カテゴリー: プライベート

今、高知大学の卒業式のニュースを見て思い出しました。
俺、大学の卒業式出てないや。変なタイミングで卒業したき。

日本代表強い。すごい。4回の連打連打で逆転の場面。福留、城島、岩村あたりは一人で叫びまくりよったけど、川崎のヒット見たら泣けてきました。すごすぎて。アメリカ相手にこんなにやるがや。中島までつながったし。すごいすごい。

なんで最後ダルビッシュながやろ、とは思ったけど。明日においちょけばいいのに。
明日の最後は球児でお願いします。

とにかく決勝も楽しみです。韓国も強いきねぇ。ちゃんと決勝まで来ちゅうし。

でもまぁ、岩隈はやってくれます。

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残念でした。
韓国は強い。
まー君は光ってました。

また明日です。

余談。
実況の人の思いや希望や悔しさを聞かされ過ぎるのはきついです。清原の解説はすごい気持ちいいのに。

でもまぁ、岩隈はやってくれます。

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岡山からの帰りの汽車での出来事。

乗って一時間程でトイレに行きたくなりました。一番後ろの車両の後ろから二番目に座っていたので前を目指して歩きました。自動ドアが開くとすぐトイレでした。
その向かい側に喫煙ボックスがありました。
「うわ、やるやんJR!」って思ってトイレ行かずにタバコを取りに席に戻って、もう一度前へ。で、ドアが開くと喫煙ボックスに人が入ってました。瞬間移動です。

「まぁ、いいや。」って思ってトイレを済まし連結部分でその人が吸い終わるのを待ちました。その人がガラスの向こうでタバコを消すのが見えたのでタバコをポケットから取り出して出て来るのを待ってると、その方は二本目のタバコに火を着けられました。

連チャンです。

一回出ようや。
俺そこにおるやん。
見えゆうやん。

バッティングセンターでも後ろに人がおったら打つかどうかわからんでも一回出て様子見る僕はそう思いました。

普通のことやと思うがやけどなぁ。

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今日はおばあちゃんの誕生日です。
大正8年生まれ。
90歳。すごい。

おばあちゃんはもう何年も介護施設で暮らしています。7年ぐらいやろうか。
子供の頃から一緒に暮らしてて、鍛冶屋になって実家で仕事するようになってからも毎日顔を合わせてました。

僕が生きてきた中で一番たくさん喧嘩した相手です。たぶんおばあちゃんにとってもそうながやないろうか。
毎日毎日、口喧嘩してました。30歳vs80歳。

そんなおばあちゃんに日曜日の夕方に久しぶりに会って来ました。この前会ったのは去年の6月。9ヶ月ぶり。

前回はちょっといじわるして
「誰かわかる?」って聞きました。そしたら
「誰やったぞねぇ。見たことある。」って言ったあとすぐに
「あぁ、さとちゃんか!」って思い出してくれました。

今回はなんとなく自分から名乗りました。すぐにわかってくれました。
「あ、おばあちゃんに会うのにヒゲ剃ってくるの忘れた!」って無精髭を見せたら
「そんなんかまん、かまん。孫じゃもの。」って。

びっくり。一緒におる時は
「さとちゃん、ヒゲ剃りや!おばあちゃんは口ひげはやすがぁはきらいじゃ!」っていっつもかっつも言われよったのに。

「そうかえ。孫やきかまんかえ。」
「かまん、かまん。」
って二人で大笑いしてから帰って来ました。

元気で良かった。
今度は9ヶ月経つ前に会いに行こう。

今年のバレンタインデーは豪華手作りケーキでした。
苺入りのレアチーズとチョコバナナ。
おいしかったです。

それから昨日の試合で久しぶりにゴールを決めた涼太くん。今日も良いことがあったようです。土曜日休みやったきね。

うれしいねー。
うん、俺も5年生の時やった。

『西の魔女が死んだ』を読みました。2週間くらい前に。

これ映画とかにしたらえいのにって思ったけどおばあちゃん役できる女優さんが思い浮かばず断念しました。

で、さっき検索したら去年映画化されてました。

でも、おばあちゃんには会いにいきます。


写真は水曜日に日本代表の勝利のために白い薔薇を買いに行ったのに薔薇のない花屋さんだったため550円で手に入れた白い百合。田中達也のプレーは見てて楽しい。

さぁ、次はもうWBC。

今日は10日なので納品and集金ドライブ。
毎月10日のこの日になると1ヶ月って早いなぁって思います。給料日までの1ヶ月は長いのに。

朝、この前仕事でお世話になった仲間の鍛冶屋さんへのお礼にビールを買いました。

その時びっくりしたこと。スーパーでラガーを箱で買ったらレジで「取っ手つけますか?」って聞かれて、「ん?」って思いながら「はい。」って答えました。そしたらこんなことになりました。

シールでペタペタってしたら取っ手の出来上がり。おー、持ちやすい。
すごい発明や、すごいサービスや、って朝からちょっと感動して写真撮りました。

もしかして、みんなぁ知っちゅうがやろうか。すでに世間の常識になっちょったらどうしよう。
12時間前にはすごい大発見やったのに書きよったらどんどん不安になってきた…。

先週の金曜日、高知新聞の取材を受けました。
仕事の話ではなく、高校時代の学校行事で起きた事故について。

「当時と今とで事故に対する受け止め方は違いますか?21年経って、亡くなった友達やご遺族への気持ちは変わりましたか?学校に対してどんな気持ちですか?同級生と事故について話したりしますか?」

質問に答えているうちに自分がどんどん薄情な人間に思えてきました。
あらためて考えると、受け止め方もなにも事故のことなんか考えないで生きてます。それについて同級生と話すこともない。学校への気持ちなんかなんにもない。

毎年3月24日の夜8時には仲良し3人で学校に忍び込んで学校が作った慰霊碑にビールやお菓子やタバコをお供えしてちょっと話して帰ってきます。

そうする事の意味を聞かれたけど、10年ばぁ前にたいちゃんに「学校行かん?」って誘われて、行こうと思ったき行きゆうだけで意味とかいわれてもわかりません。一生懸命考えよったら忘れてないよっていう自己満足でしかない気がしてきました。

ちょっとしょんぼりしたので、取材終わってからたいちゃんに電話しました。
「自分が薄情なやつに思えてきた。」
「そんなもんやろ。」
「そうでねぇ。もしお前が今消えてもそればっかり嘆いて生きて行けんもんねぇ。」
「…やっぱりそういうとこ薄情や、お前は…。」
ちょっとスッキリ。

まぁ、薄情でも自己満足でもえいか。

今年も校門乗り越えに行こう。

中学生に死の実験を体験させるというテレビを見ました。

それぞれに大切な人や物の絵を描かせます。家族や友達や笑顔やサッカーボールや思い出の風景。何を描こうか戸惑いながら大切なひとやものについて考えて絵を仕上げていく中学生。

それから、その絵を燃やして大切なものたちとの別れを擬似体験させるというものでした。
死とはそういうことであると。全てを失うことであると。

絵を燃やすだけなのに子供達は泣いていたり、切なそうだったり。
その上であたりまえに感じている「生」について考える。
生きてることのありがたさを実感する子供達。

そんな中学生達を見て泣きました。
朝6時まで麻雀して3時間ぐらい寝て、ものすごくいい天気の日曜日の真昼間にお風呂に温泉の素(登別)を入れてタバコ臭い身体を洗い流してのんきにビールを飲みながらテレビをつけた大人は泣かされました。

明日からも頑張ります。

とりあえず朝青龍がんばれ。

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